1.相談内容
株式会社Xは、スマートフォン向けソーシャルゲームAを運営していたが、Aの売上が不振であったため、Aのサービスを終了することとなった。Aでは、ゲーム進行を有利にするためのアイテムを入手するためには、Xが販売する、A内においてのみ使用できるゲーム内通貨Zを使用する必要がある。Xは、Aをサービス終了するにあたり、Zの発行業務も廃止することとなるが、Zの払い戻しを行う必要があるか。なお、XはZ以外のゲーム内通貨を発行しておらず、Aのサービス提供期間中において、Zの未使用残高が千万円を超えることはなかった。
ゲームのサービス終了にあたってゲーム内通貨の払い戻しの必要はあるか、という相談です。知っている人には資金決済法上の前払式支払手段の話だと直ちにわかりますが、知らない前提で考えていきます。
2.調査の端緒
現代の法務部員にはインターネットという強力な武器が与えられているので、素直に頼ります。相談の骨子である「ゲーム サービス終了 払い戻し 必要」などの単語で検索すれば、資金決済に関する法律(資金決済法)の話であることがわかります。
問題はここからです。法務部員が信用して良いのは法令の条項だけです。弁護士が名前を出して解説しているし、執筆の日付もあって、その後の法改正がないことを確認したから安心だ、とは絶対に考えないでください。インターネット上で私人が無料公開している情報は玉石混交で、その中から玉を見抜くことは困難です。
3.相談内容の要点を抽出する
相談内容は、端的に言えば、サービス終了時のゲーム内通貨の払い戻しの要否です。
ひとまずの調査対象は資金決済法だとわかりました。
「サービス終了時」や「ゲーム内通貨」という単語が法律に出てくるとは思えないので、電子政府の総合窓口で資金決済法を開き、「払い戻し」、「払戻」、「払戻し」などを検索していくと、次の条文がヒットします。
資金決済に関する法律
(保有者に対する前払式支払手段の払戻し)
第二十条 前払式支払手段発行者は、次の各号のいずれかに該当するときは、前払式支払手段の保有者に、当該前払式支払手段の残高として内閣府令で定める額を払い戻さなければならない。
一 前払式支払手段の発行の業務の全部又は一部を廃止した場合(相続又は事業譲渡、合併若しくは会社分割その他の事由により当該業務の承継が行われた場合を除く。)
ゲーム内通貨は前払式支払手段にあたると思われますが、念のため定義を確認します。
(定義)
第三条 この章において「前払式支払手段」とは、次に掲げるものをいう。
一 証票、電子機器その他の物(以下この章において「証票等」という。)に記載され、又は電磁的方法…により記録される金額…に応ずる対価を得て発行される証票等又は番号、記号その他の符号…であって、その発行する者又は当該発行する者が指定する者(次号において「発行者等」という。)から物品等を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために提示、交付、通知その他の方法により使用することができるもの
よくわからないことが書いてありますが、頑張って読み解くと、ゲーム内通貨Zは前払式支払手段であることがわかりました。
ソーシャルゲームAのサービス終了するにあたり、Zの発行業務も廃止するというので「前払式支払手段の発行の業務の全部又は一部を廃止した場合」に該当することもわかりました。
4.定義と格闘する
Zの発行の業務を廃止するのだから払い戻さなければならないと考えるのは早計です。
資金決済法第20条をよく読むと、「払い戻さなければならない」主体は「前払式支払手段発行者」となっています。ならば「前払式支払手段発行者」の定義を確認する必要があります。
(定義)
第二条 この法律において「前払式支払手段発行者」とは、第三条第六項に規定する自家型発行者及び同条第七項に規定する第三者型発行者をいう。
さらに第三条第六項に規定する自家型発行者及び同条第七項に規定する第三者型発行者の定義も確認する必要があるようです。
(定義)
第三条 4 この章において「自家型前払式支払手段」とは、前払式支払手段を発行する者…から物品等の購入若しくは借受けを行い、若しくは役務の提供を受ける場合に限り、これらの代価の弁済のために使用することができる前払式支払手段又は前払式支払手段を発行する者に対してのみ、物品等の給付若しくは役務の提供を請求することができる前払式支払手段をいう。
6 この章において「自家型発行者」とは、第五条第一項の届出書を提出した者…をいう。
どうやらZは「自家型前払式支払手段」に該当するようです。そして、Xが「第五条第一項の届出書を提出した者」である場合には「自家型発行者」に該当することもわかりました。ならば第5条第1項を確認する必要があります。
(自家型発行者の届出)
第五条
前払式支払手段を発行する法人…又は個人のうち、自家型前払式支払手段のみを発行する者は、基準日においてその自家型前払式支払手段の基準日未使用残高がその発行を開始してから最初に基準額(第十四条第一項に規定する基準額をいう。)を超えることとなったときは、内閣府令で定めるところにより、次に掲げる事項を記載した届出書を内閣総理大臣に提出しなければならない。…
XはZという「前払式支払手段」を発行する法人です。「自家型前払式支払手段のみを発行する者」であるかどうかを確認する必要があります。
社内ヒアリングの結果「自家型前払式支払手段のみを発行する者」であることがわかったとします。
届出書は「基準日においてその自家型前払式支払手段の基準日未使用残高がその発行を開始してから最初に基準額(第十四条第一項に規定する基準額をいう。)を超えることとなったとき」に提出が必要になるので、「基準日」、「基準日未使用残高」、「基準額」の定義を確認していきます。
(定義)
第三条
2 この章において「基準日未使用残高」とは、前払式支払手段を発行する者が毎年三月三十一日及び九月三十日(以下この章において「基準日」という。)までに発行した全ての前払式支払手段の当該基準日における未使用残高…の合計額として内閣府令で定めるところにより算出した額をいう。
一前項第一号の前払式支払手段当該基準日において代価の弁済に充てることができる金額
…
(発行保証金の供託)
第十四条
前払式支払手段発行者は、基準日未使用残高が政令で定める額(以下この章において「基準額」という。)を超えるときは、当該基準日未使用残高の二分の一の額…以上の額に相当する額の発行保証金を、内閣府令で定めるところにより、主たる営業所又は事務所の最寄りの供託所に供託しなければならない。
毎年3月31日および9月30日という「基準日」までに発行した未使用残高の合計額として「内閣府令で定めるところにより算出した」「基準日未使用残高」が「政令で定める額」である「基準額」を最初に超えたときに届出書の提出が必要となることがわかったので、内閣府令と政令を確認します。なお、下位法令確認の際には「基準日未使用残高」であったり「法第●●条に規定する」という定型句であったり検索文言を工夫する必要があります。
前払式支払手段に関する内閣府令
(基準日未使用残高の額)
第四条
基準日未使用残高は、第一号に掲げる合計額から第二号に掲げる回収額を控除した額とする。
…
紙面の都合で割愛しますが、要するに発行した金額から使用された金額を控除した金額が未使用残高であることがわかりました。
資金決済に関する法律施行令
(供託が必要となる基準日未使用残高の最低額)
第六条
法第十四条第一項に規定する政令で定める額は、千万円とする。
Aのサービス提供期間中において、Zの未使用残高が千万円を超えることはなかったとのことでした。念のため社内確認したところ、Xは届出書を提出していないこともわかりました。
Xは「前払式支払手段発行者」ではないので、払い戻しは不要であることが、ようやくわかりました。
6.法律上の定義は厳格
「前払式支払手段」であるZを発行するXが第20条にある「前払式支払手段発行者」に該当しないことに違和感を覚える方は多いと思います。
第3条第2項および第4項には「前払式支払手段を発行する者」という単語が登場します。Xはこれには該当します。Xは「前払式支払手段を発行する者」ではあっても「前払式支払手段発行者」ではないということです。
調査を終えた後に、インターネット上に転がっている解説を読み直してみると、底が浅いと感じるはずです。法務部員は、給料をもらっている勤務時間中に法令調査をします。ならば、インターネット上で無料公開されている情報よりも深く潜って当然です。
法令調査における定義を確認する重要さを学んでいただけたと思います。
7.おまけ
払い戻しの要否と任意に払い戻しをするかどうかは別問題です。他のゲームへの影響や企業への信頼を考えて、払い戻しは不要だが、任意で払い戻すという経営判断は十分にあり得ます。しかし、ゲームの赤字によって資金繰りが厳しい場合には、払い戻しが不要ならば大いに助かるでしょう。法務部員には経営判断の前提として正確な情報を調査することが求められています。
また、ゲームの利用規約中にサービス終了時の払い戻しは行わないと明記していた場合で法律上払い戻しが必要な場合も問題となります。資金決済法第20条が強行規定かという問題、払い戻しは行わないという利用規約が消費者契約法に違反しないかという問題、さらに、計画的なサービス終了ならばそれが不法行為を構成しうるという問題もあります。
ゲームのサービス終了の場面一つをとっても、法務部員の活躍の場は多数あります。