漫然とひな形を使いまわさない

1.なぜ秘密保持契約を締結するのか

実務においては秘密保持契約や守秘義務契約が頻出します。NDAやCAと呼ばれることがあり、どの段階ではどちらの呼び方を、どの業界ではどちらの呼び方を、などと拘る者が多いのですが、どうでも良い話です。法務部員ならば、契約の名前よりも契約の内容に拘ってください。 

秘密保持契約といっても内容は様々です。IT業界においては技術情報を共有することがありますし、M&Aの検討においては経営状態を含む秘密を明かしますし、通販業者が商品の発送作業を外部委託するには顧客の住所氏名といった個人情報を伝えます。勤務先がどのような情報を明かすのか、あるいは受け取るのか、その情報にはどのような特徴があるのか、考えながら仕事をすることが法務部員の職責です。

2.適切なひな形を選ぶ

IT業界における大人数が従事する開発案件では、開示された技術情報は、秘密であると同時に、受領者において一時的に広く共有されることになります。また、技術情報は電子データで提供されることが多く、複製が容易だという特徴があります。 

ならば、複製を禁じるのではなく、複製された情報も厳重に管理する体制を構築する必要があります。管理体制を機能させるためには責任の所在を明確にする必要があるので、受領者における管理責任者を定め、約束した取り扱いに違反した場合の違約金を定めるなどの対応が必要です。 

技術情報の流出が企業価値の毀損に直結するIT業界では、秘密保持契約が重要なウエイトを占めるため、多数のひな形が用意されています。 

続いて、本社ビル兼収益ビルの売買を検討するため秘密保持契約を締結する場合を考えます。この場合、売主側から買主側に対して、検討資料として何を提供するでしょうか。 

ビルの図面や登記などは当然提供します。これは問題がなさそうです。 

修繕履歴も提供するでしょう。提供先でどう扱われるかよりも、きちんと履歴を残せているか、日ごろの建物管理体制が問題となります。 

収益ビルなので、各テナントとの賃貸借契約書も提供するでしょう。これを慎重な取り扱いが必要だと判断できないようでは法務部員失格です。 

そもそも、本社ビル兼収益ビルを売却したがっているという事実が表に出たら怖いと判断できる感性が必要です。取引先から経営が傾いていると疑われては大損害です。また、自分の勤務先が本社ビルを売却しようとしていると聞いたとき、従業員としてどのように感じるでしょうか。高く売れた、手狭になったので広い賃貸に移る、などのポジティブな発信ができるタイミングまで秘密にするべき事実です。 

また、購入の検討のためには、技術情報を大人数で共有する開発案件と異なり、限られた少人数が情報に触れられれば足ります。複製を禁じてもなんら問題ないでしょう。 

案件の特徴が全く異なるので、開発案件とは異なったひな形を用いる必要があります。 

3.必要に応じてひな形に修正を加える 

IT業界における秘密保持契約のひな形では、次のような秘密情報の定義が散見されます。

本契約において「秘密情報」とは、開示者が受領者に対して開示した情報であって、当該情報を記録した媒体に秘密である旨が明記されているものおよび口頭その他無形の方法によって開示される情報にあっては 開示から14 日以内に書面により秘密である旨の通知がなされたものをいう。

開示された情報の一切を秘密情報とすると漠然不明確につき法的保護が得られない場合があるので、保護したい情報をしっかりと特定する意図からの条項です。 

しかし、技術情報を電磁的方法(フォルダ共有など)で提供することもよくあります。その場合も、14日以内に書面で秘密である旨通知するというのでは、反って管理が難しくなってしまいます。

本契約において「秘密情報」とは、開示者が受領者に対して開示した情報であって、有体物に記録されて開示される情報にあっては当該有体物に秘密である旨が明記されているもの、電子メール等の電磁的方法によって開示される情報にあっては開示に際して秘密である旨が明記されたもの、および口頭その他無形の方法によって開示される情報にあっては 開示から14 日以内に書面または電磁的方法により秘密である旨の通知がなされたものをいう。 

このように、電磁的方法による提供の場合も秘密と明記したり、口頭で伝えた情報も電磁的方法で秘密と通知できたり、現場の負担が軽減するようにひな形を修正することが望ましいです。 

どのように現場を縛るか、ではなく、どのように現場の負担を軽減するか、という態度を貫けば、自然と気の利いた修正ができるようになります。 

本社ビル兼収益ビルの売却の場合、驚くべきことに、多くのひな形が、交渉の事実自体を隠したいという需要を無視しています。これに対応するには、次のような修正を施すことが必要です。 

本契約における秘密情報とは、開示者が受領者に対して提供する本件不動産に関する一切の情報ならびに本契約の存在および内容をいう。 

これも、隠したい情報は何かを考えれば、自然とできるようになる修正です。

4.仕事に意味を込める 

IT企業が、有料職業紹介事業者に対して人材の紹介を依頼する際にも、当社の取引ルールだからと秘密保持契約の締結を求めてくることがあります。その際に示してくるひな形は技術情報を提供する場合を想定した内容となっています。いかに法務が何も考えずに仕事をしているかがよくわかります。相手方にこれをされてしまうと、出てきたひな形の大修正を迫られます。その間、取引は止まります。 

なんのために契約を締結するのか、目の前の契約類型にはどのような注意点があるか、目の前のひな形を用いることで誰のどんな行動が縛られるのか。売上を作れない法務部員にとって、存在価値を主張する唯一の手段は、全ての仕事に意味を込めることです。漫然とひな形を使いまわすような真似は絶対にしないでください。思考を放棄した法務は有害です。