1.ある労働相談
ある営業職の従業員が顧客情報の管理について不祥事を起こしました。当該従業員は懲戒処分を免れない上に、顧客情報に触れられる場所で働かせ続けるわけにはいかないので、会社は退職勧奨をしましたが、応じなかったため、懲戒処分した上で、配置転換をすることになりました。
ところが、労働条件通知書には営業職とだけ書かれているため、それ以外の部署に配置転換するために本人の同意を得る必要があるかどうかが問題となりました。
2.参考にならない裁判例
この点については裁判例があるのですが、高裁と最高裁で意見が分かれています。
大阪高裁令和4年11月24日判決では、職種限定契約の場合であっても、解雇回避のための配転命令には合理性があるので、本人の同意は不要だと判断していました。
しかし、最高裁令和6年4月26日判決では、大阪高裁による整理解雇を回避するための同意なき配転命令は有効だという判断が否定され、破棄差し戻しとなりました。
その後、差戻しを受けた大阪高裁は、令和7年1月23日に、同意なき配転命令は違法なので慰謝料を支払えという判決を出しています。
3.法務部員にとって裁判例は絶対ではない
真面目な法務部員は、配置転換についての相談を受けた際に、最新の裁判例を調べます。大阪高裁と最高裁の間に相談を受けたならば、職種限定契約であっても解雇回避のためならば配転命令はできると伝えて、その結果、会社は後から慰謝料を払うことになっていた可能性があります。
4.求められるのは勤務先の利益を追求すること
裁判例すら信用できないのかと思われるかも知れません。しかし、裁判の勝率を第一に考える法務部員は三流未満、法務部員ではありません。裁判には時間もコストもかかります。そのため、法務部員ならば裁判沙汰を避けるべく振る舞うべきです。裁判で勝つことを生業としている弁護士とは求められる態度が異なります。
頭ごなしに本人が望まない配転命令を下せば反発を受けることは当然です。法務部員がきちんと機能していれば、法的に同意が必要かどうか、よりも、同意を取ろうとすることにかかるコスト、同意が得られない場合のリスクを先に考えるべきです。
同意を取るプロセスにコストはかかりません。同意を得れば反発は防げます。同意を拒まれれば雇用継続が不可能になるので整理解雇が避けられなくなる、敢えて言い換えれば整理解雇が可能になります。ならば同意を得ようとすべきです。さらに、同意を拒まれた場合も、いきなり整理解雇では反発を招きます。そこで、このままでは整理解雇になると告げた上での、温情としての解決金を積んでの退職勧奨の方が、コストはかかりますが後顧の憂いを断てます。
法務部員の満点回答は、裁判例を把握したうえで、裁判例はこうなっているが、リスクを最小化するならばこうだ、というものです。裁判例を示すことで説得力が増します。裁判例を把握したうえで、裁判において問題となった事案とは異なる解決策を提案できれば、一人前の法務部員です。
5.二項対立ではない
出来の悪い法務部員は、すぐに会社対従業員、会社対取引先などの二項対立を脳内に設定しがちです。しかし、目的は勤務先の利益の最大化なのですから、従業員や取引相手の利害などどうでも良いことです。後から逆恨みされるリスクを考えれば、従業員や取引相手にも利益が残った方が良いくらいです。WIN-WINというのは、相手方から後から結果を覆そうとする動機を奪い、得られた利益を固定化するという意味でも、優れた落着です。
法務部員ならば、悪さをした従業員を懲らしめたいと感情的になっている経営層や事業部門を説得して、どうすれば勤務先が最大の利益を得られるかを提案するべきです。昨今、法務部員にも経営の資質が求められると言われますが、法務部員は論理的思考の訓練を受けているはずなので、目的として会社の利益の最大化を設定するだけで、経営層よりも事業部門よりも冷静な判断ができて当然です。それができないのは、経営の資質に欠けているからではなく、法務部員に必要な論理的思考が欠けているからです。