1.法人における意思決定を行うのは自然人
法人は自然人とは別の法人格なのですが、法人というのは箱に過ぎず、実際に意思決定を行うのは、法人の中にいる自然人です。
問題となるのは、自然人が、どのような権限によって、その法律行為の効果を法人に帰属させようとしているのか、です。
2.代表権
法人には機関が設置されています。株主総会であるとか取締役会が機関であることはわかりやすいのですが、取締役や監査人も機関です。
代表権というのは、特定の機関に与えられた、会社の代表として振る舞う権利のことです。代表者は、原則として、会社が取引をすることも、裁判を起こすことも、人を雇うことも、独断で決めることができます。
会社法では、法人の代表格である株式会社における代表権は、原則、取締役にあります。しかし、会社規模が大きくなって、複数の取締役が設置されるようになると、その全員に代表権があると不都合です。船頭多くして船山に上るということです。そのため、取締役の中から、社長だけが代表権を持つといった社内ルールを定めます。その結果、代表取締役社長という定型的な肩書が生まれました。これらの根拠条文は、会社法第349条第1項です。
厄介なのは、どの肩書の取締役に代表権を与えているかは会社によって異なることです。会長に代表権はあるのか、副社長はどうか、専務はどうか。実務では、代表取締役副社長と名乗っているか、単に取締役副社長と名乗っているかから判断することが多いです。
3.代表権と代理権
代表権は、原則として万能です。しかし、代表取締役社長が独断で重要な決定までできてしまうことには問題があります。そのため、法律上、特定の手続きを踏まなければならないという例外が定められていたり、会社の内規で、代表権が制限されていたりします。重要なことは、代表権は出発点が無制限で、制限されている場合がある、ということです。
これに対して代理権の原則は無です。授権されなければ発生しませんし、代理権の範囲も、授権の範囲でしか発生しません。課長に対して、10万円までならば課長決裁で会社のお金を使って良いという代理権が与えられたとします。この場合、課長は、11万円の備品購入をするためには、然るべき稟議を経なければいけません。代表権と代理権は出発点が真逆であることを理解することが必要です。
4.代理権の有無が問題になるケース
相手方の法人から出てきた契約書に、X株式会社代表取締役Aと書かれていれば、ひとまず問題はありません。代表取締役Aという自然人は、その肩書の通り、株式会社の代表権を持っているからです。ただし、X株式会社の代表取締役はBであり、Aは肩書を詐称しているだけかも知れません。万全を期するならば、X株式会社の登記を確認して、代表取締役としてAが登記されていることを確認するべきですが、実務上は、X株式会社にとっては小さな契約のはずなのにいつも代表取締役を名乗るAだけが出てきて喫茶店での打ち合わせを求めてくるなどのあやしい案件でない限り、そこまではしません。
困ってしまうのが、X株式会社営業部長Cなどの名義の契約書が出てきたときです。代表取締役営業部長ということも理論上はあり得るのですが、通常は、営業部長に代表権はありません。それでも、X株式会社の内規によって営業部長に取引の代理権を与えることができます。営業部長Cは、株式会社から、契約締結についての代理権を与えられているかも知れません。
営業部長Cに代理権が与えられているか確認したいから、X株式会社の内規を見せてくれと要求することは現実的ではありません。そこで、仮にCに代理権がなくとも表見法理の適用を受けられるように備えることが現実的でしょう。
5.表見法理(外観保護法理)
法律の世界には、表見法理という言葉があります。外観保護法理とも呼ばれます。典型例は無権代理で、本人に、さも無権代理人に代理権を与えたかのように振る舞ったという落ち度(外観作出責任といいます)がある場合には、外観を信頼した相手方は保護されます。司法試験を受験する場合には、民法第109条から第112条に代表される表見法理を具現化する様々な法律の条項を正確に記憶する必要がありますが、実務では、記憶までは不要です。それでも、一度は法律の条項を確認して、法律の感覚を養うことは必要です。
表見法理は代表権にも適用されます。代表取締役副社長名義の契約書が出てきたが、その会社の代表者は社長だけだったという場合、会社が、代表取締役副社長という名刺を作成して副社長に持たせていれば、取引相手は保護されます(会社法第354条)。
会社の内規で、代表取締役社長の代表権が制限されており、100万円以上の取引には取締役会の承認が必要だったのに承認を得ていなかった、という場合、取引相手が、代表権に加えた制限を知らなければ、取引相手は保護されます(会社法第349条第5項)。会社にとっては過酷なルールですが、そもそも、代表権に制限はないことが法的思考の出発点となるからです。
営業本部長が代理権を与えられていないのに契約を締結したという場合、取引相手は、営業本部長に代理権があると信じる十分な事情がなければ保護されません。例えば、初回の契約交渉に代表取締役が同席していて、後は営業本部長に任せたと挨拶していたならば、代理権があると信じる事情の一つになるでしょう。逆に、このような事情がなければ取引相手は保護されません。代理権の出発点は無だからです。
法務部員の実務において、常に取引相手における担当者の権限を調査することは現実的ではありませんが、その代わりに、表見法理の適用を受けられるだろう状況を整える疑り深さを備えておくことが求められます。そのためには、代表権と代理権の違いや表見法理の考え方を理解しておく必要があります。