代理人と使者

1.極めて重要な法概念

実務では、代理人と使者は極めて重要な法概念です。この人は代理人、この人は使者だと使い分けられなければ、頻繁に落とし穴に落ちてしまいます。 

民法上、代理人の定義ははっきりとは示されておらず、第99条第1項において「代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。」と示されているだけです。それでも、この条項から、代理人とは、代理権を与えられて、本人のためにすることを示して法律行為について意思決定を行い、その効果を本人に対して生じさせる者のことだとわかります。 

使者というのは、法律上は出てこない言葉なのですが、実務上頻繁に登場する講学上の概念です。自らは意思決定を行わず、本人が既になした意思決定を、相手方に伝達する者、などと定義され、伝書鳩に例えられることが多いです。使者は、本人でもないし代理人でもないから、法律行為の効果を本人に帰属させることができません。ここで、使者が代理人のように振る舞えば、無権代理人になります。 

2.意外と実務に関わってくる弁護士法 

代理人と使者を見分ける前提として、そもそも弁護士以外が代理人になれないケースがあることを知っておく必要があります。弁護士ではない相手方が、使者ではなく代理人だとして振る舞った場合で、そもそも弁護士以外が代理人になれない場合ならば、その行為は無効になるからです。 

代理人になるために資格は必要なく、原則として、誰でも代理人になることができます。しかし、弁護士法第72条本文によって、弁護士以外が、他人の争いごとを解決するために交渉する代理人になることは禁じられています。 

問題となりやすいのが不動産業界における近隣住民対応です。不動産業者が新しくマンションを建てる場合、近隣住民に、予想される日当たりの変化や工事期間中の騒音対策等を説明する必要があるのですが、これはとても手間がかかります。そこで、説明業務を外部業者に委託することがよく行われます。このことに問題はありません。しかし、近隣住民が、お金を渡さないと大騒ぎするぞと言ってきたとき、説明業者が、ではいくら渡すから穏便に済ませてくれと交渉することは、弁護士法に違反します。この場合には、説明業者が、他人の争いごとを解決するために交渉する代理人になってしまうからです。 

法務部員の勤務先が訴訟に巻き込まれた場合、原則、勤務先の代表者である会長や社長が裁判所に呼び出されることになります。しかし会長や社長は忙しいので、訴訟代理人を立てることが通常です。弁護士法を受けた民事訴訟法第54条第1項本文によって、原則として、弁護士しか訴訟代理人になることはできません。もっとも、民事訴訟法第54条第1項ただし書きによって、簡易裁判所に限っては、法務部員も代理人になることができます

3.退職代行に要注意 

代理人と使者の違いが問題となるケースとして、近年急増している退職代行が挙げられます。退職代行が使者に過ぎないならば、資格は不要なので、合法です。 

とはいえ、使者に過ぎないとしても、従業員の退職代行だと名乗る業者の言葉を鵜呑みにすることは大変危険です。退職代行の言葉を鵜呑みにして、従業員を退職扱いとしたとします。その場合、退職扱いなった元従業員から、自分は退職意思など示していない、単に何日間か風邪で寝込んで連絡できなかっただけだ、退職扱いは不当解雇だ、と噛みついてくるリスクが残ります。退職代行が嘘をついたのか、元従業員が次の職場に馴染めないなどの理由から意思を翻したのか、真実はわかりませんが、法務部員にとっては真実などどうでもよいことです。法務部員の仕事は、元従業員が噛みついてきた際に、これを完封することです。そのためには、退職代行が出てきた際に、従業員本人の署名押印がある退職届を回収する必要があります。さらに、従業員が入社時や在職中に押印した印影と一致するかを確認できればなお良いです。印影が一致しない場合の対応は難しいのですが、急病による欠勤などの業務時間外の事務連絡の方法がルール化されていれば、その方法を用いて確認することが穏当でしょう。最悪となるのは、上司や同僚が個人的に連絡することです。それ自体がハラスメントだとされかねません。その上司や同僚と退職代行を使ってきたとされる従業員との人間関係などどうでも良いことです。問題は、勤務先を攻撃する口実を与えてしまいかねないということです。法務部員には、従業員や退職代行業者が不当な要求をしてきた際に、会社を守るガーディアンとなることが求められます。 

4.弁護士法違反の業者を相手にするリスク 

法務部員は従業員や退職代行から会社を守る必要があるとお伝えしました。法務部員が勤務先の一員であるように、従業員も勤務先の一員であり、仲間であるはずです。しかし、事退職代行を利用するに至っては、もはや勤務先と従業員とは少なくとも潜在的には対立関係にあります。弁護士法の話を思い出してください。弁護士以外が、争いごとを解決するために交渉する代理人となることはできません。 

退職代行が、従業員が未払い給与や残業代を請求している、と言った瞬間に、代理人になります。退職代行は、請求しているという事実を伝えただけだと言い張るでしょうが、その場での交渉になれば、退職代行は、本人に効果帰属させるための意思決定を行うことになるので、法的には代理人です。弁護士資格がなければ、退職する従業員の代理人になることはできません。 

ここで問題となるのは、退職代行業者の違法性ではありません問題は、和解金おかわりリスクです。勤務先が、代理人になる資格がない退職代行業者と和解しても、従業員本人に効果は帰属しません。退職代行業者に和解金を支払った後に、元従業員から、その和解は無効だから和解金おかわり、を要求される可能性があります。このリスクを防ぐために、交渉まで行う違法な退職代行業者を相手にしてはならないのです。 

5.求められる法務人材像に立ち返る

法務部員だから法律を守らなければ、違法な業者と付き合うなどとんでもない、という単純な発想では法務部員は務まりません。違法な業者の相手をした結果、どのようなリスクが生じるのかを想像することが法務部員の仕事です。法務部員には、ポリスでもジャッジでもなくガーディアンであることが求められています。