1.契約自由の原則の例外
近代私法とされる日本の民法では、契約自由の原則が採用されています。その結果、そもそも契約を締結するかどうか、誰と締結するか、内容はどうするか、方式(契約書作成の有無)をどうするか、を原則として自由に決めることができます。
しかし、例外的に契約自由の原則によっても上書きできない法律の条項があります。それを強行規定と言います。
民法
(公序良俗)
第九十条 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
(任意規定と異なる意思表示)
第九十一条 法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。
民法第90条が強行規定の典型例です。もし公序良俗違反無効を契約の自由によって上書き可能だとしてしまうと、公の秩序が害されてしまうからです。
しかし、公の秩序に関しない規定ならば、契約自由によって上書きしても問題ありません。公の秩序に関しない規定のことを任意規定と言います。契約自由の原則によって上書きされなかった任意規定は効力を保ち続けます。つまり、任意規定は、契約によって定めなかった部分を補充する役割を果たします。
2.強行規定の具体例
借地借家法
(強行規定)
第九条 この節の規定に反する特約で借地権者に不利なものは、無効とする。
(強行規定)
第十六条 第十条、第十三条及び第十四条の規定に反する特約で借地権者又は転借地権者に不利なものは、無効とする。
(強行規定)
第二十一条 第十七条から第十九条までの規定に反する特約で借地権者又は転借地権者に不利なものは、無効とする。
(強行規定)
第三十条 この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。
(強行規定)
第三十七条 第三十一条、第三十四条及び第三十五条の規定に反する特約で建物の賃借人又は転借人に不利なものは、無効とする。
借地借家法には強行規定が多数登場します。借地借家法法は歴史的に弱い立場にあった借地人や借家人を保護するための法律であり、借地人や借家人を保護することが公の秩序だと考えていることがわかります。
労働基準法
(この法律違反の契約)
第十三条 この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。
労働基準法は幅広く「この法律で定める基準」を強行規定としたうえで「法律で定める基準に達しない労働条件」を無効だとしています。これも、歴史的に弱い立場である労働者を保護することが公の秩序であるという考え方からです。また労働者を保護できれば良いので、法律よりも労働者に有利ならば契約自由によって上書きしても良いとしています。
この、弱者保護が公の秩序だという日本法の発想を理解しておけば、法務部員としての危機察知能力が高まります。
3.任意規定の意味
民法
(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
任意規定は数多くあるのですが、ここでは民法上の契約責任を考えます。
法務部員の仕事をしていると、相手方から、民法が認める損害賠償請求条項がなかったので加えました、という鬼の首を取ったかのようなコメントとともに、次のような条項が加えられてくることがあります。
甲または乙が、本契約の本旨に従った履行をしないときは、相手方は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。
この契約条項は民法第415条と何が違うのでしょうか。任意規定は、契約によって定めなかった部分を補充する役割を果たすとお伝えしました。修正により、相手方との契約書のやりとりが一往復増え、その間、契約のスタートが遅れます。それだけの価値のある修正なのでしょうか。
任意規定をなぞるだけの契約条項が意味を持つこともあります。一般消費者を相手とするサービス利用規約では、禁止行為を行った結果、企業に損害が生じたら損害賠償責任を負うと明記することで、一般消費者の自重を促す効果が期待できます。
4.法律を見ただけではわからない場合も多い
強行規定は、反すれば無効とする、と明記しているものばかりではありません。
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律
(婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)
第九条
3 事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(中略)による休業(中略)を理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
この規定は文言だけを見ると強行法規だとはわかりませんが、最高裁判所第一小法廷平成26年10月23日判決は「同法9条3項の規定は(中略)強行規定として設けられたものと解するのが相当」としています。同判決では、妊娠中の女性が軽作業への配置転換に伴う降格は強行規定に反するから無効だとしています。
法務部員ならば、妊娠中の女性の保護は公の秩序であり強行規定である可能性が高いという意識を持ち、妊娠中の配置転換に伴うものだとしても、本人の自由意思に基づく承諾を得られない限り降格は避けるべき、という判断をなすべき事案でした。
5.法概念は実務に直結する
幸い、法務部員には、インターネットを利用して調査することも、顧問弁護士に相談することも許されます。独力で判断する必要はなく、必要となるのは、問題に気づける感性です。感性を磨くには、法的概念を理解することが近道です。
強行規定とはなんぞや、公の秩序とはなんぞや、任意規定とはなんぞや、ということをきちんと理解しなければ、法務部員として必要な能力は身に付きません。