1.はじめに
東京商工会議所経済法規委員会による2019年3月付「中小企業の法務対応に関する調査 結果報告書」によると、法務担当者を設置していない中小企業の割合は67.2%にも及びます。専任の担当者がいる中小企業に至っては、わずか8.3%です。その一方で、法務に関して抱える課題の第1位は、人材不足です。会社規模が大きくなればなるほど、人材不足を感じています。そして、2024年12月21日付日本経済新聞は、「主要企業の8割『法務人材不足』 業務増も採用難続く」と報じています。
大企業を中心に法務部員の需要が高まっていること、その結果、大きな企業になればなるほど法務部員が不足していることはよく知られています。しかし、法務部員はどのような仕事をしているのかについては、ほとんど情報がありません。ここでは、その理由を説明するとともに、なぜ法務部員が不足していると言われるのかを説明します。
2.法務部員の定義と潜在的な仕事の範囲
法務部員は、企業において法律業務全般に携わる人員、という趣旨の文言で定義されることが通常です。企業活動のあらゆる場面に法律が関係するため、法務部員の潜在的な仕事の範囲は企業活動全般ということになります。その全てをカバーすることは不可能であるため、企業ごとに法務部員が携わる仕事の範囲は異なっています。極端な企業では、法務部員は、契約書の添削を要求された際に、これに応えるだけの書面審査専門要員として位置付けられています。逆に法務部員を積極的に事業活動に関わらせようという企業では、単に会議に出席させるだけでなく、契約交渉の現場に同席させることもしています。
法務部員の仕事内容についての情報が少ないのは、一般化しての説明が難しいからです。
3.法務部員の基幹業務
法務部員の仕事の範囲は企業によって異なりますが、ほとんどの企業で共通する仕事は、契約書の作成・添削と法律相談です。この2つが法務部員の基幹業務だと言えるでしょう。
契約書の作成・添削とまとめられることが多いのですが、作成と添削は異なる作業です。法務部員が取り扱う契約書の多くは定型的なひな形です。自社ひな形に対する取引相手からの修正を受け入れるかどうかチェックしたり、取引相手のひな形に修正すべき点がないかチェックしたりする作業が添削です。新規事業などで、ひな形が存在しない場合にのみ、契約書を作成することになります。
法律相談においては、契約トラブルや労働トラブルといったトラブル対応だけでなく、新規事業アイデアのリーガルチェックを依頼されることもあります。難しい法律相談は顧問弁護士に依頼することになりますが、社内の情報を集約して顧問弁護士に過不足なく伝達し、顧問弁護士からの回答をわかりやすくかみ砕いて社内にフィードバックすることは、法務部員にしかできない仕事です。
4.法令調査は法務部員の業務なのだが
新規事業の契約書を作成するにも、リーガルチェックをするにも、法令調査が必要になります。法令調査は、法務部員ならば当然備えておくべきスキルなのですが、そのスキルを持たない法務部員が大半です。調査の対象は法令であるのに、弁護士などが執筆した解説記事を探すことが法令調査だと誤解している法務部員が非常に多くいます。
5.機関法務を任せてもらえない
企業活動の中でも、特に重要な意思決定は、株主総会や取締役会においてなされます。適式な手続きを履践していなければ、後から決定が覆されることがあるため、どの意思決定をどの会議体で行わなければならないか仕分けし、会議体の招集や設営などの事務局業務を行うことを機関法務と言います。機関法務は企業中枢にかかわる最も重要な法務機能です。にもかかわらず、経営企画室や総務部などの花形といわれる部署が担当することが多く、法務部が担当する企業は残念ながら少数派だという印象です。最も重要な法務機能を任せてもらえないことが、日本企業における法務部の現実です。
6.事務作業の重要性に気づけるかどうか
法務部員は契約書の管理や押印作業を任せられることがあります。お勉強が得意だというエリート意識があるのに実務では通用しない法務部員ほど、事務作業を誰でもできる仕事だと軽視します。
契約書管理は、法務が作成した契約書がどのような場面で使われるのかを知り、次の契約書作成にフィードバックするための学びの場です。押印は、きちんと法律を学んだならばわかるはずなのですが、強力な法的効力を発生させる重要な事実行為です。どちらも法務が行うことに理由があり、それを理解できる法務ならば、決して軽視することはありません。事務作業を嫌うかどうかを法務としての能力の判断材料にする企業もあります。
7.広い視野が必要なのだが
一般論として、組織規模が大きくなればなるほど分業化が進みます。そのため、大手企業に勤務する法務部員ほど、取り扱い分野が狭くなる傾向にあります。しかし、そのような企業であっても、能力が認められ、出世していけば、取り扱い分野は広範に及んでいきます。
また、多くの企業では、将来を見据えて、従業員を異動させて様々な分野を経験させます。異動は部門をまたがることもあり、企業によっては法務部員に営業の経験をさせることがあります。逆に、営業の人員が、法的なセンスを買われて法務部員になることもあります。
難しい問題にも対応できるという意味で専門性を高めることは重要ですが、法務部員は企業において法律業務全般に携わる人員であり広い視野が求められるので、「それは法務の仕事ではない」という態度では通用しません。それがわからない法務部員が多いため、法務部員が不足していると言われ続けているのです。