1.司法試験で身に付く能力
司法試験受験を通じて身につけられる能力は次のようなものです。
法律知識
条文操作
論理的思考
利益衡量
法務員の実務において、これらの能力をどのように活かすことができるのかを考えます。
2.法律知識…半分程度は活かせる
司法試験は暗記の試験だと言われます。暗記だけで司法試験に合格できるわけではありませんが、合格のための必要条件として、膨大な量の暗記が求められるからです。
ところが、司法試験の試験科目のうち、法務部員が用いる頻度が高いのは民法と商法・会社法のみです。他の試験科目に触れる機会はほぼありません。もっとも、司法試験において、多くの受験生は、全体の勉強時間の3~4割を民法の勉強に割きます。知識に占める民法の割合も3~4割と言えるでしょう。そのため、司法試験受験を通じて身につけた知識の半分程度は、法務部員の実務において役立てることができます。
近年、法律書籍のサブスクリプションサービスが登場し、多くの企業が導入しています。一部の企業は、新卒法務部員に、サービスに収録されている民法の基本書を1年間読み込ませているそうです。法務部員にとっても民法は必須科目です。
司法試験受験経験があれば、民法の基本書は頭に入っているはずであり、この1年をショートカットできます。逆に言えば、法律知識に限って考えれば、司法試験受験経験には、1年分の価値しかないとも言えます。
3.条文操作…強力な武器になるのだが、身につけていない受験生が多い
司法試験では、ある条文が他の条文を準用している場合に、正確に参照条文を示すことを、条文操作と呼びます。
司法試験において条文操作が占める割合は大きくなく、だからこそ、差がつくポイント、合否を分けるポイントになります。そのため、司法試験合格者はほぼ全員が条文操作を身につけているものの、合格できなかった者のほとんどは条文操作をおろそかにしている印象です。
条文操作は、法務部員の実務において極めて重要です。法務部員は、司法試験受験生のように予め指定された試験科目だけに対応すればよいわけではなく、目の前の案件に適用されるあらゆる法律への対応が求められます。事前の準備に限界があるため、法律知識ではなく、法令調査が重要です。
企業法務の現場では、法律だけでなく省令や政令、さらには大臣による告示まで参照することが求められます。これは司法試験で求められるよりも高度な作業です。それだけに、残念ながら、ごく一部の法務部員しか、求められる能力を備えていません。司法試験受験経験者が、きちんと条文操作を身につけているならば、法務部員として法令調査を行う際に、他者に差をつける強力な武器になります。
4.論理的思考…そのまま役立つ
論理的思考は説得力に直結します。司法試験においては、法的三段論法に代表される論理的思考を通じて答案に説得力を持たせますが、これは法務部員の実務でもそのまま通用します。特に、法務部員の実務においては、事実と評価を峻別できることが極めて重要になります。事実と評価の峻別は非常に難しいのですが、司法試験受験を通じて身につけていれば、法務部員として強力な武器になります。
5.利益衡量…さらに上を目指すために役立つ
司法試験の中でも、特に憲法の答案では、利益衡量に基づいて結論を出します。合格後の司法修習や裁判実務でも、諸般の事情を総合考慮すると、という定型句があるくらい、司法試験受験経験者にとって、利益衡量は体に染みついた概念です。ところが、司法試験受験経験以外で、この利益衡量を身につける機会はなかなかありません。その結果、実務では、多くの人が、自分の意見を大声で主張することしかしません。そんな中で、対立利益にも配慮しながら、諸般の事情を総合考慮できる法務部員は一目置かれます。
6.まとめ
同じく法律を扱うためか、司法試験受験と企業法務の現場では同じ能力が求められるのですが、その優先順位は大きく異なります。
法務部員になると、司法試験合格のための必要条件である暗記した知識の半分程度しか役立てることができません。
しかし、司法試験受験を通じて身につけた、条文操作という技術や、論理的思考、利益衡量という考え方は、強力な武器になります。
暗記は得意だが考えることが苦手だ、という方が法務部員になるためには、苦手分野の克服が必要です。暗記だけでは司法試験には合格できませんし、法務部員としても通用しません。